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東京高等裁判所 昭和46年(う)907号 判決

被告人 今出川正良

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人斉藤勘造提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

量刑不当の所論に鑑み、記録を精査し且当審に於ける事実取調の結果に基づき考察を加えるに、

一  車両等は、同一の進路を進行している他の車両等の直後を進行するときは、その直前の車両等が急に停止したときに於ても之に追突するのを避けることができる為め必要な距離を、之から保たなければならないことは、道路交通法第二十六条第一項が明定するところであり、この車間距離保持の義務は、車両等の追突の危険を防止する為めその運転者に課せられた運転上の基本的注意義務と謂うべきものであるから、よしや所論の如く、原判示下塚泰司運転の自動車に先行せる中山久運転の自動車が急に停止した為め下塚運転の自動車が急に停止し、その結果本件追突事故が発生し又下塚運転の自動車が中山運転の自動車に対し必要な車間距離を保つていなかつた為め所謂玉突事故と成つて被害が拡大された事情が有るにせよ、苟も被告人に於て、原判示の如く、前記基本的注意義務を怠り、小雨模様の天候であるのに、下塚運転の自動車に対し僅か約七米の車間距離を保つた丈で、時速約三十五粁の速度を以て、その直後を之に追従して進行した過失に因り、自車を下塚運転の自動車に追突させ以て本件の所謂玉突事故の端緒を作つた以上は、所論の事情は被告人の過失責任に質、量共に消長を及ぼすべきものとは做し難く、

二  被告人は、既に昭和四十四年一月二十九日酔余自動車を運転中、交差点に予め一時停止しないで進入した為め、右方道路からの進入車両との衝突事故を惹起し、二名に傷害を負わせた業務上過失傷害事件に依り、同年七月五日東京地方裁判所に於て禁錮七月、三年間執行猶予に処せられて、百八十日間の運転免許停止処分を受け、更に同年十一月二十一日千葉簡易裁判所に於て道路交通法違反罪(速度違反)に依り罰金一万二千円に処せられて、昭和四十五年五月十九日から同年七月十七日迄六十日間の運転免許停止処分を受けた者で、本件第二の自動車運転は右執行猶予の期間内のものでもあるから、所論が指摘する本件自動車の運転事情は、然く斟酌するに足るべき事由とは認められず、

三 成程被告人は本件事故発生後直ちに運転を停止し、最寄の電話を利用して一一〇番を呼び出し、警察官署に事故通報をした旨述べてはいるが、その通報内容は「椛谷駅前で追突事故を起した」という程度を出です且通報の相手方係官から「其処で待つていろ」と言われたに拘らず警察官の来着を待たないで事故現場を立ち去つて勤務先会社に戻り、翌日に成つてから蒲田警察署に出頭したというのであるから、道路交通法第七十二条第一項後段所定の報告義務を完全に履行したとは認められない許りか、該義務を完全に履行しようとする誠意にも欠けるところが有つたと認めざるを得ず、右義務違反の罪責に付て特に斟酌すべき事由は無く、

その他本件各犯行の経緯、罪質、態様、被告人の過失の程度並びに被告人の年令、境遇、経歴、特に前叙の交通事犯前歴等に照らすと、各被害者の負傷は比較的軽く、何れも示談が整つていること、被告人の家庭事情等、所論が指摘する被告人の為め酌むべき諸情状を考慮に容れても、原判決の量刑が過重、不当であるとは断じ難く、論旨は理由が無いと認める。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

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